正解のない問いに満ちた、予測不可能な世界と向き合う学生に対して、私たちはどの様な教育と研究を施せばよいのか。湘南藤沢キャンパス(SFC)、そして「総環政メ」(総合政策学部、環境情報学部、政策・メディア研究科)が、その創設以来、一貫して奉じてきた考え方が、「多様性」なんだろうと私は思う。
総環政メは、領域横断的で学際的な学問を掲げ、学問的な多様性を維持することに努めてきた。これが必要であると私たち教職員が考えるのは、学生にそうした多様性に接する機会を提供することが、未知の世界を歩み抜くために必要な知を生み出す知を育むための条件だからである。
そもそも社会の問題は、必ずしも、特定の学問領域に立ち現れるわけではなく、問題を解くための有効な政策的判断を導くためには、複数の学問分野からの視点が必要である。これにくわえて、多様性が協争を生み、包容的で競争的な環境がイノベーションの萌芽を促すからである。教育研究の領域においても同じだと思う。現代中国政治の研究者である私は常にそう思う。変化の著しい中国政治と社会をめぐって答えに悩む問いに直面したとき、他の領域の専門知が、そっと学問的な新規性に富んだ考え方を示してくれることは少なくなかった。
学問的な多様性を環境として維持することは、予測不可能な世界と向き合い、「未来を切り拓くための政策」を考える学問をするためには必要だ。ただし、そうした学問的な多様性のある環境は、意識的に創らなければない。多様性を包容しながらも、一つのかたまりを維持しつづけることは、そんなに簡単ではない。でもSFC、そして総環政メにはそれがある。これが私たちの強みだ。
こうして総合政策学は、個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的に捉え直して、問題解決のために学際的に踏み込もうとする学問を展開してきた。その姿は、2023年3月に刊行したブックシリーズ「総合政策学をひらく」において見て取ることができる。同ブックシリーズは、SFCの総合政策学をかたちづくる学問領域を5つ(5巻)に整理してきた。すなわち「流動する世界秩序とグローバルガバナンス」、「言語文化とコミュニケーション」、「社会イノベーションの方法と実践」、「公共政策と変わる法制度」そして「総合政策学の方法論的展開」である。総合政策学は、公共政策学の延長線にあるように考えられがちだが、それは全く違う。なぜ違うのかは、同ブックシリーズを手に取れば良くわかる。
「未来を切り拓くための政策」を考える学問を支えるために、総合政策学部は、ここ数年、新しいなかまの教員を迎えてきた。教員が専門とする領域を書き出すと、その学問領域の広がりを実感できる。
経営分野では、コーポレートファイナンス、ソーシャルファイナンス、ベンチャービジネス、ESGの領域、精神保健学と産業精神保健、行動科学、臨床心理学の領域、経営組織論と経営情報学、イノベーション、テクノロジーマネジメントの領域、キャリアデザイン、タレントマネジメント、行政改革、公共政策の領域を専門とする教員を迎えた。それから人口社会学と計量社会学の領域、医療経済学と社会疫学の領域を専門とする教員を迎えた。またスポーツ指導法の領域、それからフェンシングとスポーツ運動学、スポーツバイオメカニクスの領域もそうである。アメリカ政治・外交の領域の仲間を迎え、社会安全政策の領域、科学技術政策、技術戦略、国家安全保障、システムズエンジニアリングの領域の厚みをくわえた。労働法と労働政策、仕事と家庭のジェンダーの領域がある。言語とコミュニケーションの分野では、中国語学、会話ストラテジー、中国語教育の領域、日本語教育と文化心理学、難民研究の領域、マネージメント建築学、アーバニズム、都市社会学、フランス語教育の領域、社会言語学、朝鮮語学の領域、そしてマレー・インドネシア教育と異文化コミュニケーションの領域を専門とするなかまを迎えた。これがぜんぶ未来である。これは総合政策学部だけであり、環境情報学部も仲間をむかえてきた。
そして来年度に総合政策学部は、データサイエンス領域と数学の領域、日本政治と政策過程論、日本政治の領域、宇宙政策と宇宙安全保障の領域、社会運動と市民リーダーシップ、社会イノベーション、ジェンダー問題の領域、安全保障研究、組織研究、戦略研究の領域を支える教員が着任する。私たちはつねに、総合政策学の新しい発展の方向性を確認し、未来に向けて必要な学部の教育研究領域を厚くしようとしている。
例えば、グローバルガバナンス研究の領域、言い換えれば戦争と平和の問題を考える領域は、総合政策学部の教育研究の一つの領域として存在している。私はここにいる。ここには国際政治学、政治学、国家安全保障、社会安全、地域研究を専門とする教員たちが、それぞれの教育研究を展開している。そもそも安全保障の領域、すなわち戦争と平和という学問は、領域横断的、学際的な学問領域であり、総合政策学部においてその意義を常に強調されてきた。これを深めてゆくためには、例えば安全保障と科学技術の重なりに注目するべきである。また、これから政策課題は深海、極地を越えて宇宙へとひろがることを理解し、人類の活動が新たにひろがる領域における秩序形成をめぐるゲームがすすんでいることを捉えなければいけない。
総合政策学部は、「未来を切り拓くための政策」を考える学問をかたちづくる様々な領域から、未来を展望し、必要な教育と研究とは何かを考えている。学部の教育研究の体系を見つめ直し、教育研究を施すべき領域のスクラップ・アンド・ビルドに取り組んできた。学部は秩序の変化、価値観の変化に事後的に適応するだけでなく、それを先取りする。総合政策学部は、ずっと正解のない問いと向き合ってきた。学部の新しい展開に期待し、注目して欲しい。